「はあっ!」
サーベルの切っ先が迫る。
シュッ!と空を切る音がして、対象を見失った男の踏み込み足がよろめいた。
「なっ!・・・き、消えた!?」
「おい!上だ!」
私は男の突きをギリギリでかわした後で、片足の踏み込みで上空へ跳び上がった。
朱羅姫の身体能力は常人のそれを大きく上回る。
跳んだ後、軒先の壁付近を数秒滑空し、10メートルほど離れた場所に降り立った。
「逃がすかっ!!」
そして再び五人の男達が迷いも無く迫る。
「はああああっ!!」
私もまた、声を荒げて男達に向かっていった。
空中を移動して距離を取ったのは逃げ出すためではない。
一人一人を確実に叩き潰すため、だ。
闘う事。勝つ事。目の前の危険を打破する事。
何の抵抗も無くこんな考え方に至る自分、数日前までは夢にも思わなかった。
あの頃の私がこんな状況に追いやられたら、きっとへたり込んで泣くしかなかった。
そう。私は変わったのだ。
血と憎しみ、そして闘いへの衝動。
目の前の障壁は、この両刃の二刀で蹴散らすのみ!
ザッザッ・・・!!ガキッ!カン!カンッ!ドスッ!
男達と私の雪を蹴り上げる音、そして耳障りな鉄の擦れる音だけが、木霊した。
その様子を見ていたのは、一匹のミミズクと、空の上で霞の隙間から覗き込む、十六夜の月だけだった。
数刻後。
「はぁ・・・はぁ・・・」
ここは何処とも知れぬ、森の中。
樺桜の街中とは違って、根雪となった白い絨毯が、辺り一帯に敷き詰められていた。
私は寒さも傷の痛みも忘れ、一本の杉の木に背中を預け、息を切らしていた。
男達は巻けただろうか・・・。何人、殺してしまったんだろうか・・・。
二本の刀の刃を確認すると、赤くぬめった液体が垂れていた。
無我夢中で自分を守ろうと思った。
美城暁自身がそう思ったのか。
私の中に眠るもう一人の人格、朱羅姫がそう思ったのか。それは分からない。
けど・・・ここでは死ねない。私は・・・負けるわけにはいかないんだ。
苦しさと寒さで破裂しそうな肺と、重たい足に鞭を打つと、私は再び歩き出した。
暗く、月明かりさえ届かぬ、深い闇の森の中へと・・・。
美城暁ショートエピソード「十六夜のノスタルジア」 完 |