「いたっ!やはりまだここにいたんだ!美城暁だっ!!」
夢。幻。
小さな洋菓子店に潜む悪戯な妖精が思い出させた、あの日の出来事。
本当に些細な、たわいも無い日常の風景。
でもそれは今の私にとっては、かけがえの無いもの。
帰りたい。でも、帰れない。
血塗られたこの掌で、洋菓子店のドアを叩いても、もう、決して入る事は出来ない。
ここにあるのは、寒空の真夜中、凍りついた現実だけ。
ダッ。
迂闊だった。男達がここまで迫ってきているなんて思わなかった。
さっきまでの追っ手・地元警察とは何かが違っていた。
まるで私がここに隠れている事を予見し、息を潜めて近づいてきたのでは、と疑う程に。
私は洋菓子店「アークエンシェル・フィー」を背に、裏通りを駆け出した。
「くっ!さすがは覚醒後間もないとはいえ、朱羅姫といった所かっ!あれでは俺達も追いつけんぞ!」
「心配するな!あちらにも待ち構えているはずだっ!」
背中で遠のく男達の声に耳を傾けながら、小道を駆け抜ける。
そして、まだ目覚めぬ商店街の広場が遠目に映った。
「!!」
広場に出た。その途端、ビュンと空を切る音が数回。
「うりゃあっ!」
男達の野太い掛け声が響いた。私は両手の刃を掴み直し、迫り来る閃きを押し退けた。
カキッ!カキッ!剣戟を跳ね除ける。
「くっ!」
さっきの男達の話で待ち伏せされているのは分かっていた。
男達は強襲に失敗すると、再び私と距離を取って、ジリジリと横滑りに歩いた。
三、四、五人・・・。
改めて見直してみる。
彼らにとって正装であるかのような変わったデザインのコートで着飾っているが、
警察の制服とは一見して全く違う。
皆サーベルを掲げ、そして瞬きも惜しむかのように、獲物を狙う獣の眼をして、鋭くこちらを見据えていた。
「美城・・・暁・・・だな」
「確認する前に襲ってくるなんて、酷いじゃない」
私はそう吐き捨てると、自嘲したようにフッと笑ってみせた。
そしてそんな冷めたセリフを言えた自分自身に驚く。
数日前の私に・・・こんな事、言えただろうか?
心身ともに私は、朱羅姫と化したんだ。
「ぎえええぃっ!」
そして間髪おかず男達が襲ってきた。向かって右側、左腕からの横薙ぎ。
ガキッ!
私は右手の縦一閃でそれを薙ぎ払うと、次に左手から真っ直ぐ突きを繰り出す、別の男を見定めた。 |