残り雪がそこかしこに残る街路。
煉瓦で囲いを作った花壇が等間隔で設けられ、
花壇の中心にはそれぞれ一本ずつ白樺の木が立っていた。
ここは樺桜市の中でも少し名の知れた繁華街の通り。
昼間は、晩御飯の食材を買い揃える主婦や、帰路に寄り道をする学生達、
夕刻にかけては、
疲れを西日の暖かさと一杯のグラスで癒すサラリーマンで、いつも賑わっている。
だが、そんな人々の喧騒も、今はない。
真夜中の二時過ぎ。
ひと気はおろか、この世に存在する全ての物が、動きを止めてしまったかのような、そんな静寂の時間。
暗闇の空から振り注ぐ冷気が日中の温もりを奪い取り、
ゴミ箱に入り損ねた空き缶だけが、カラカラと無秩序に動いていた。
メインストリートから少し横道に逸れた所に、一風変わった建物があった。
半円アーチ型の窓が横に並んだ赤いマンサード屋根と、白い壁のバロック調建築。
少し中世ヨーロッパを思わせるその建物には、
arc-en-ciel fee(虹色の妖精)と書かれた看板がかけられていた。
最近地元の女子高生に評判という、開店仕立ての洋菓子店である。
その店の脇、猫の抜け道くらいの小道で、わずかな息遣いが聞こえた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
かすれた声は少女のものだった。
今にも魂が抜け落ちてしまうかのように弱々しく、か細く、声を殺すように息をしていた。
それは美城暁だった。
先ほどまで警察達に追われていた少女だ。
追っ手を振り切るため、息を潜め物陰に隠れている、という事なのだろう。
額から一滴の汗が零れ落ちた。辛そうに目を見開く。
深夜の冷気が瞼に沁みる。顔を歪ませ、再び目をすぼめた。
「・・・おい!そっちはどうだ!?」
「いや、いないな。民家に逃げ込まれると厄介だが・・・」
「おいおい、奴は朱羅姫だぞ?そんな事は無意味と理解してるだろ」
耳慣れない声が聞こえてきた。一瞬ビクッと身体が強張る。
声を聞く限り、さっきまでの警察達とは違う面子のようだった。
そっと首を伸ばし、辺りの様子を伺う。
・・・姿はない。
声の響いた感じからして、近くではなかったようだ。
暁はホッと胸を撫で下ろし、その場にへたり込んだ。 |